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「ついて行く」楽さと、「迷う」現実
先日、友達と出かけたときの話です。
いつもなら自分から動いて、場所を決めたり流れを作ったりすることが多いのですが、その日はなぜか、気づけば「友達について行く側」になっていました。
最初は楽でした。
自分で考えなくていい。
判断しなくていい。
流れに乗っていればいい。
ところが、あるタイミングで一人になる瞬間がありました。
その瞬間、道がわからなくなり、見事に迷いました。
普段ならしないような迷い方をして、少し焦って、少し疲れて…。
久しぶりに「大変だったな」と感じる時間になりました。
迷ったから気づけたこと
ただ、この出来事は不思議と後味が悪くありませんでした。
むしろ、強い“気づき”が残りました。
それは、
「自分の道は、自分で意識して歩かないといけない」
ということです。
人について行くこと自体が悪いわけではありません。
学べることもありますし、助けられることもある。
ただ、いつの間にか“任せるクセ”がつくと、自分で歩く必要が出たときに、途端に困ってしまう。
人生も、身体も、同じ
この感覚は、日々関わらせていただいているリハビリの現場にも通じます。
支えがあることは大切。
でも同時に、最終的には「自分の足で立つ力」を育てていかないと、いざという時に前に進めない。
人生も同じで、
誰かの後ろを歩いているうちは安心していても、
自分が先頭に立つ瞬間には、道が見えにくくなる。
だからこそ、私は改めてこう思いました。
自分の道は、自分で決める。
自分の足で歩く。
先頭を切るのは、やっぱり自分。
今回の「迷った時間」は、きっとそのための“確認”だったのだと思います。
大変だった分、学びは深かった。
今日も、自分の足で。
一歩ずつ、前へ進みます。
いつもなら自分から動いて、場所を決めたり流れを作ったりすることが多いのですが、その日はなぜか、気づけば「友達について行く側」になっていました。
最初は楽でした。
自分で考えなくていい。
判断しなくていい。
流れに乗っていればいい。
ところが、あるタイミングで一人になる瞬間がありました。
その瞬間、道がわからなくなり、見事に迷いました。
普段ならしないような迷い方をして、少し焦って、少し疲れて…。
久しぶりに「大変だったな」と感じる時間になりました。
迷ったから気づけたこと
ただ、この出来事は不思議と後味が悪くありませんでした。
むしろ、強い“気づき”が残りました。
それは、
「自分の道は、自分で意識して歩かないといけない」
ということです。
人について行くこと自体が悪いわけではありません。
学べることもありますし、助けられることもある。
ただ、いつの間にか“任せるクセ”がつくと、自分で歩く必要が出たときに、途端に困ってしまう。
人生も、身体も、同じ
この感覚は、日々関わらせていただいているリハビリの現場にも通じます。
支えがあることは大切。
でも同時に、最終的には「自分の足で立つ力」を育てていかないと、いざという時に前に進めない。
人生も同じで、
誰かの後ろを歩いているうちは安心していても、
自分が先頭に立つ瞬間には、道が見えにくくなる。
だからこそ、私は改めてこう思いました。
自分の道は、自分で決める。
自分の足で歩く。
先頭を切るのは、やっぱり自分。
今回の「迷った時間」は、きっとそのための“確認”だったのだと思います。
大変だった分、学びは深かった。
今日も、自分の足で。
一歩ずつ、前へ進みます。