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訪問リハビリマッサージをしていない時の私の肩書き 余白の身体案内人という生き方

こんにちは。

訪問リハビリマッサージ エンゲルハントの竹下です。

今日は、少し自分自身の原点について書いてみたいと思います。

私は現在、訪問リハビリマッサージの仕事をしています。

寝たきりの方、歩行が不安定な方、麻痺や病気の後遺症で動きにくさを抱えている方に対して、施術や歩行訓練を行っています。

肩書きとしては、

歩行改善コンサルタント

という言葉を使っています。

しかし、ふと考えることがあります。

もし私が、訪問リハビリマッサージをしていなかったら、

私はどんな生き方をしていたのだろうか。

どんな肩書きが、自分には合っていたのだろうか。

そう考えた時に、今の私に一番しっくりくる言葉がありました。

それが、

余白の身体案内人

という言葉です。

昔から体の使い方に関心があった

私は、昔から体の使い方に強い関心がありました。

幼い頃、空手の型を見て、

なぜ拳の向きは上なのか、下ではだめなのか。

そんなことが気になっていました。

中学生の頃は、懸垂の順手と逆手の違いが気になりました。

アルバイトをしていた時も、サンドイッチをきれいに作ること、アイスを美しく見せること、お盆を合理的に持つこと、そば屋の出前のような体の使い方などに、自然と興味を持っていました。

人から見れば、ただの作業だったかもしれません。

でも私の中では、

どうすれば楽にできるのか

どうすれば美しく見えるのか

どうすれば体に無理がないのか

という問いが、ずっとあったように思います。

右肩の痛みが教えてくれたこと

もう一つ、私の人生に大きな影響を与えたものがあります。

それは、若い頃に痛めた右肩です。

焼肉屋でアルバイトをしていた時、鉄板の焦げを落とすために、腕だけの力で強く作業をして右肩を痛めました。

その痛みは、その後も長く自分の中に残りました。

ストレッチをしても、ヨガをしても、良い先生に出会っても、しばらくするとまた戻ってしまう。

その繰り返しの中で、私はずっと自分の体と向き合ってきました。

そしてある時、バランスボードや古武術介護の考え方に触れる中で、ひとつの感覚にたどり着きました。

それは、

痛みとは、力が一点に集まっている状態なのではないか。

力が分散すると、体は楽になるのではないか。

ということです。

右肩の痛みは、私にとって苦しみでもありました。

でも同時に、体の使い方を深く学ぶきっかけでもありました。

余白とは、動きが生まれる場所

私が考える「余白」とは、ただの空きスペースではありません。

余白とは、

力が逃げる場所。

呼吸が入る場所。

動きが生まれる場所。

体が楽になる可能性が残っている場所。

体に余白がなくなると、力は一点に集まりやすくなります。

力が一点に集まると、痛みや不安、動きにくさにつながることがあります。

反対に、少し角度を変える。

少し力を抜く。

少し斜めにする。

少し足を引いてから出す。

少し環境を変える。

それだけで、体が楽になることがあります。

私はその小さな余白を見つけることに、とても大きな意味を感じています。

和服、足袋、下駄、紐に感じる身体の知恵

私は現在、和服や作務衣、足袋、下駄、紐、たすき掛けなどにも関心があります。

洋服は、体を形にはめる感覚があります。

一方で、和服や紐には、体の動きや呼吸に合わせる余白があります。

少しずれる。

少し遊びがある。

締めつけすぎない。

体の動きに合わせて調整できる。

そこに、昔の人の身体の知恵があるように感じています。

昔の人は、力を一点に集めず、体全体で動く工夫を生活の中に持っていたのではないか。

私はそんなことを、自分の体を通して感じています。

訪問マッサージ以外の私の本質

訪問リハビリマッサージという仕事を外して、自分の本質を見るなら、私はおそらく、

体に残された余白を見つける人

力を分散させる人

人がもう一度、楽に動き出す道を案内する人

なのだと思います。

それを一言で表すなら、

余白の身体案内人

です。

これは、訪問リハビリマッサージを否定する言葉ではありません。

むしろ、今の仕事の根っこにある言葉です。

歩行改善も、施術も、リハビリも、私にとってはすべて、

その人の体と人生に残された余白を見つけるためのものです。

「もう無理かもしれない」

「もう歩けないかもしれない」

「年だから仕方ない」

「病気だから仕方ない」

そう思われる状態の中にも、

まだ少し動ける余白があるかもしれません。

私はそこを見つけたいのです。

体と人生に、もう一度動き出す道を

私にとって、余白を見つけることは、希望を見つけることでもあります。

体の中に余白が見つかると、動きが変わります。

動きが変わると、気持ちが変わります。

気持ちが変わると、生活への意欲が変わります。

そして、その小さな変化が、人生をもう一度動かす一歩になることがあります。

訪問リハビリマッサージをしている時の私は、

歩行改善コンサルタントです。

しかし、もっと根本の自分を表すなら、

余白の身体案内人。

体と人生に、もう一度動き出す道を見つける人。

これが、私のもう一つの肩書きであり、

これからも大切にしていきたい生き方です。

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